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良い感じに絞れてきたきたけど、カットがまだまだやんけ。なんぼほど絞ればいいんですかね。
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色相変換の何が悪い。
堂々としていればいいものを余計な言い訳やごまかしや嘘をつくから陳腐になる。

僕は真実の色しか出しません!みたいなことを展示の時におばさまにお話してたのに、1xには実際に近い色と色相ずらした2色パターンを出してる様な嘘つきは嫌いです。

イロキチの
記憶色とかいう
免罪符


頭を使ってトレーニングしないやつは、まじで伸びない。

はっきり言って、何も調べず考えずがむしゃらにトレーニングをしているやつはまじで伸びないし、そのうちジムから消えていく。
フォームとかセットの組み方とか見れば一目瞭然でどこに効かせたいのか分からないフォームやわけの分からないオリジナル筋トレでやった気になっている奴には残念ながら未来はない。
先人が築いたメソッドを大事にし、かつ鵜呑みにしない。新しい情報も積極的に仕入れて取捨選択を行いながら取り入れていく。
これがいい!有効!とされている手法の何が良いのか何故良いのか一歩踏み込んだ所まで調べる事で、自分に最適化していく努力をする。正直な所、過去の常識が新しい研究で完全否定されることも間々ありますが…

写真でもとにかくたくさんとる事が大事!とよく言いますが、枚数重ねれば上手くなるかと言うと何も考えなければ、無駄なトレーニングを重ねているのと同じ。撮る前に考える、撮りながら考える、撮った写真を見て考える。常に考えながら試行を繰り返す事で、そのうちに体に染みついて独自の感性となっていくと思っています。

まあでも若い方が成長早いよね。テストステロンの出方が違うわ。(逃げ)

才能やセンス等の不確かな要素に自分の努力の足りなさの逃げ道を作らない。

生まれ持っての体格差は決定的な差ではあるが、でかいから努力も無しに高重量を扱えるとかバキバキの体でカットが出まくると言うことはない。自分が到達していない領域の人間を見て、センスだ才能だで片付け事は努力の否定。

やれる事、やるべき事を整理して黙って取り組むべし。
文句は全部やってから言え。

写真も同様。
やることやってないうちに才能やセンスがないからと言った逃げ口上は無用。黙って撮れ。

痛み無くして成長はない。

痛みというと筋肉痛の事かと思われるかも知れませんが、トレーニング自体がかなり辛く苦痛です。

体の限界よりもかなり手前に脳のリミッターが設定されているため、普通にやっているとその壁はなかなか越えられません。
自分が思っているよりも体はかなりの力をマージンとして残しているので、その領域まで出し切るトレーニングが重要となります。

限界手前の何十回よりも限界を迎えてからの三回の方が価値があるといっても過言ではないでしょう。
痛みも走るしゲロも吐きそうになる時もありますが、やりきって得られる成長は妥協した時とは比べものになりません。

写真も同様で、楽しいでしか無いうちは、まだ本気を出してもいないと言うことだと思います。
苦しくて写真をやめたくなっても続けたその先に成長があり、苦しみの中で生み出した写真には大きな喜びが伴うのは間違いありません。
苦しみの中にわずかな喜びを見つけて続けて行くことで、着実に成長していきます。

考えること悩むことをやめた時、それ以上の成長はありません。

現に私がそうですし。


誠実であること。

筋トレの成長を表すものは挙上重量がもっとも目に見えやすい。
それ故に周囲を意識し、重い重量を扱おうとし出すことが良くある。
しかし、実力を超えた重量を扱うにはフォーカスする部位以外を動員したり、反動を使うチーティングを使う事になる。狙った部位以外に負荷が逃げる事で成長はさほど期待できない状況にはあるが、周囲に対するアピールとしては満足出来、気持ちよくなるが、本来の目的を見失っており、成長の妨げとなるどころか関節への負担が増え、故障の危険性が高まる。
自分の扱える重量には、つまらない見栄をはらず、地道にこなしていく事が近道と言える。

写真においても同様で、つまらない見栄のために誤魔化したり、嘘をつかないことが重要である。
いいねやファボに代表されるSNSにおける写真強度パラメータに気を取られ、表現を追求する事がおざなりになり、つい受けのいい似た様な写真にとどまってしまう事があるが、成長という意味でいうと少し異なると考える。

ジムの人気者、SNSの人気者が目的ならば、それはそれで良いとも思う。